ある男がコンビニに昼食を買いに来た。
男はカップラーメンと飲み物、おにぎり数個、デザートなどを手にとってレジへ向う。
「からあげひとつ。」
「はい、からあげひとつすねー。」
レジに着くなりそう伝えると、店員は慣れた手付きでレジを操作した。
「合計で1254円す。」
ロボットのように無駄のない動きをする店員に関心しながら、男は財布から千円札を2枚取り出す。
その様子を見ていた店員は、男がカウンターにお金を置く前にレジの入力を終え、すぐにお釣りを手渡しきた。
「746円のお返しす、ありぁとござましたー」
「はい、どうもー。」
男が袋を受けとり、立ち去ろうとする。
その瞬間、店員は少し慌てた様子で声を掛けてきた。
「あ、お客さん!クジ!700円クジやってますんで、引いて下さい。」
「え!?あ、あぁはいはい。」
呼び止められると思っていなかった男の方も少し動揺しながら、促された通りにクジを引いた。
適当に引いたクジを見てみると、どうやら当たりを引いたようだ。
「あ、当たりすね、すぐにお渡ししますか?」
「うん、貰います。」
男の返事を聞いた店員が、レジ裏から商品を取り出し、それをレジに通して男に手渡す。
当たった商品を手に取った男は、何故かなんとも微妙な表情をしていた。
「これ、同じやつか」
どうやら購入したカップラーメンと全く同じ商品が当たってしまったようだ。
逡巡の後、男は店員にこう切り出した。
「これ、さっき買った方返品できない?」
「返品すか、うーん、ちょっと難しいと思いますよ。」
店員の曖昧な返答に苛立ちながらも、男は諦められない様子でこう続る。
「ちょっと、店長さんかオーナーさんに聞いてみてよ。」
「……っかりました、少々お待ちいただけます?」
店員はそう言うと、小走りでバックヤードへ行き、2分ほどでレジまで戻ってきた。
「返品OKす。すぐやりますんで、少々お待ちください。」
どうやら男の要望が通ったようで、店員がまたレジを操作しはじめた。
男はカップラーメンをひとつカウンターに置き、店員から返金された220円を受け取る。
「ありがと、ごめんね。」
男は店員にそう伝えて、コンビニを後にした。
男は会社に戻り、となりのデスクで昼食を食べている同僚にこの話をした。
すると、同僚はとても驚いた様子で箸を止め
「え、てか俺も今、同じことがあったんだけど」
と言い出した。
よく見てみると、同僚のデスクには食べかけのカップラーメンと同じカップラーメンがもうひとつ置いてあり、それは男が買ったものと全く同じ商品だった。
「お前も返品すりゃ良かったのに。これ、結構こってりだから2つもいらんだろ。」
「出来なかったんだよ、店長がレジしてくれてたんだけど、ダメだって言われた。」
同僚は少しムスッとした表情のままカップラーメンの汁を飲み干し、こう続けた。
「クジを引くために買うつもりの無かったガムまで買ってやったのに、なんで俺だけダメなんだよ。それならガム買わなきゃ良かったわ。100円損した。」
「いや、べつに損はしてないだろ。カップラーメン当たってんだから」
「……。なんか腹立ってきたわ、ちょっともう一回行ってくる!」
同僚は勢いよく立ち上がり、デスクの上のカップラーメンを手にとって、鼻息を荒くしながら出口の方へ歩きだした。
「ちょ、ちょっと待てって、今わかった。お前のは返品出来ない。」
「は?お前がよくて、俺がダメって何でだよ!」
同僚は冷静さを失い、大きな声で反論してくる。
周りの社員たちが、何事かとこちらを注目し始めた。
「もう少し冷静になって、よく考えてみ?」
男にそう言われた同僚は、その場でフリーズし目を閉じて考えはじめる。
15秒ほど経ち、突然カッと目を見開いた同僚は、少しバツの悪そうな顔でこう言った。
「あ、そっか、ダメだわ。」
「だろ?良かったな。今文句言いに行ってたら、恥ずかしくて次からあのコンビニに行けなくなってたぞ」
「ほんとだな、すまん、ありがと。」
こうして落ち着きを取り戻した同僚は、カップラーメンを手に持ったまま、給湯室へ向かっていった。
男は、喉まで出かかった「結局2個目も食うのかよ」という言葉をグッと飲み込んで、自分のカップラーメンを手に取り、同僚の後を追った。
「クジを引くために買うつもりの無かったガムまで買ってやったのに、なんで俺だけダメなんだよ。それならガム買わなきゃ良かったわ。100円損した。」
このことから同僚は、100円のガムを買い足すことで、くじを引くことができたと推測することができます。
つまり、ガムを足しても700円~799円ほどしか購入しておらず、220円のカップラーメンを返品してしまうと、そもそもクジを引く権利がなくなってしまうため、返品を受け付けてもらえなかったというわけです。