「じゃ、また来週。」
高級車をマンションの前に停め、男はぶっきらぼうにそう言った。
「もう少しだけ、一緒にいてもいいですか?」
助手席に座る女は、自宅の前に着いたというのに降りようとはしない。
「じゃぁ、一服している間だけな」
そう言って男はタバコに火をつけ、それを見た女も同様にタバコを吸い始めた。
浮気性の男と助手席の女
この男には、助手席に座る女とは別に妻がいる。
男は妻のことを愛していないわけではないのだが、甘い誘惑に弱く、度々こうして別の女性と逢っていた。
男の妻は婦人警官をしており、人並み以上に男の浮気を見抜いてくる。
携帯電話を見られて浮気がばれたこともあるし、車の走行距離やナビの履歴をチェックされて問い詰められたこともある。
時には車内に残る香水の匂いから、職場の後輩に手を出したことがばれたこともあった。
男はその度に、「もうしないよ」というのだが、いつも心の中では「次こそはばれないようにしよう」と固く誓うのである。
今、助手席に座っている女と関係が始まったのは最近だ。
かなり年の差があり、女はまだ二十歳になったばかり。
綺麗な髪にみずみずしい肌、整った顔立ちからモデルような雰囲気が出ている。
正直、浮気性のこの男と釣り合っているとは言えない綺麗な女性だ。
男はこの女との関係を出来るだけ長く続けたいと思っていた。
そのために、女に3つの約束をしている。
ひとつ目は、女の方から連絡してこないこと。
ふたつ目は、香水やアクセサリーはつけないこと。
みっつ目は、タバコは自分と同じ銘柄に変えること。
女はこの約束を真面目に守り、男はそんな従順なところをとても気に入っていた。
男が先にタバコを吸い終わり、灰皿にタバコを押し付ける。
運転席から車を降りると、助手席の方へ周り、助手席のドアを開けて女に降りるよう促した。
「じゃ、また来週。」
男は先ほどと同じ言葉を、同じ表情で口にした。
「はい、おやすみなさい。」
女は少し悲しげな顔をして、タバコを捨てるついでに男が出しっぱなしにしていた灰皿を優しい手つきで元に戻した。
女は車から降り、マンションの階段をゆっくりと上がる。
途中、車が発信する音を聞いて、自然と涙を流していた。
鍵を開け、部屋に入り、ソファの上にカバンを置く。
女はその足で洗面台へと向った。
鏡に映る顔は涙で化粧が崩れてしまっており、真っ赤な口紅と相まって、まるでピエロのような顔になっていた。
「ひどい顔」
女はそう言うと、化粧を落とし、そのまま寝室へと向かう。
ベッドの上でうつ伏せになった女は、服も着替えずそのまま眠りに落ちた。
白を切る夫と詰問する妻
男は帰り道の車内で、先ほどの女のことを思い出していた。
今までは、「もう少しだけ」などというわがままを言ったことはなかったし、どこか寂しげな表情をしていたように思う。
もやもやした心を誤魔化すように、タバコの箱を手に取った男だったが、箱の中にタバコは1本も入っていない。
男はタバコの箱を握り潰し、自宅近くのコンビニへと向かった。
コンビニの駐車場に車を停め、タバコと水を買う。
自動ドアを通り抜け、コンビニから外へ出た瞬間、自分の車の横に女性が立っていることに気が付いた。
遠目でもわかる見慣れた姿。男の妻が車の横に立っていたのだ。
「あなた、おかえりなさい。さっきすれ違ったの気付かなかった?」
男は心臓が破裂しそうになったが、表情には出さずに「どこで?」と聞き返した。
「コンビニの入り口よ?私が買い物を終えて出てきた時に、あなたとすれ違ったの。」
男は浮気現場を見られたわけではないということに安堵し、少し表情を緩めて「そうか。」と言った。
妻は当然のように車に乗り込み、二人で自宅へと向かう。
5分程で到着するはずなのだが、男にはとても長い時間に感じた。
(大丈夫だ。香水はつけさせていないし、忘れ物もチェックした。タバコも同じ銘柄でにおいでわかるということはないし、助手席のシートや足元には何も証拠になるようなものは落ちていない。
車を走らせた距離は不信感を与えるほどではないし、ナビも使っていない。大丈夫。大丈夫だ。)
男は何度も何度も心の中で確認する。
気がつけば、先ほどタバコと一緒に買った水を全部飲み干してしまっていた。
「あなた、そんなに喉が乾いていたの?」
妻は男の態度に違和感を覚え、質問をした。
「あぁ、仕事が忙しくて、水分補給する間もなかったんだ。」
男は冷静を装ってそう言うと、タバコに火をつけた。
「なんか怪しいわね、どこか行ってたの?」
信号待ちで停車した車内は、いつも以上に冷たい空気になっていた。
男は、信号から目をそらさず、車の窓を開き、右腕を窓枠に載せる。
外に煙を吐き出しながら、「仕事だって」と言うのが精一杯だった。
妻は、男の頭の先から足の先まで、注意深く観察する。
とくに不審な点はなく、気が付いたのは男が吸っているタバコの灰が落ちそうになっていることくらいだ。
「あなた、灰が落ちそうよ。外に落としちゃダメ。こっちにして。」
妻はそういうと灰皿を開き、「そもそも運転中にタバコは吸わないでって言ってるのに」と続けた。
妻はタバコが大嫌いだし、そもそも運転中の喫煙は危ないからやめろと何度も言われていた。
男は、前を向いたまま器用に灰皿へと灰を落とし、妻の言葉には何も答えず黙々と運転し続ける。
少しの沈黙が続き、男がもう少しで解放されると気を緩めた時、妻が口を開いた。
「ねぇあなた。今度はどんな人と浮気しているの?」
男は今度こそ心臓が破裂したのかと錯覚した。
妻は証拠もなく問い詰めてくるようなことはしない。
自分はまた、何かへまをやらかしたのだ。
自宅へ到着し、男は無言で車庫入れをする。
運転席のドアを開け、家の中へ逃れようとした時、妻がもう一度口を開いた。
「ここで話をしましょ」
男が口にくわえたタバコから、灰がぽろりと落ちる。
足元のマットに灰が落ちたその瞬間、聞こえるはずのないその音が、男にはやけに大きな音に感じた。
男の浮気はなぜバレてしまったのでしょうか?
以上のストーリーの中から、浮気がバレた理由を推理してみましょう。
コメントを残す