トトトト……スー……カ…チャ。
黒のハイブリッドカーが、そっと道路を撫でるように進み、静かに停車する。
新月の夜、時間は午前2時、閑静な住宅街に完全に溶け込んでいるその車から、一人の男が降りてきた。
真っ黒な服に、手には双眼鏡を持っており、どこか怪しげな雰囲気を発している。
「さすが、素晴らしいセキュリティだ。」
彼が見ているのは、絵に描いたような大豪邸。
無人の玄関では、監視カメラが24時間体制で侵入者を見張っており、不審者が近づけばすぐにセキュリティ会社へと通報される。
周辺では鉄壁の要塞と呼ばれているほど、かなりのセキュリティ対策が施された豪邸だ。
どんな人物が住んでいるのかすらわからないという徹底ぶりで、今のところ一度も泥棒が入ったことはないという。
「やはり、侵入は無理……か。」
この怪しい男の正体は、泥棒であり、この道30年のベテランだ。
今まで数々の豪邸を突発してきており、一度も失敗したことはないという。
そんな彼でも侵入することすら許されない豪邸のセキュリティは、まさに鉄壁と言えるだろう。
「無駄なリスクは侵さず、別をあたるか。」
この潔さが、この男が30年も泥棒を続けてこれた理由のひとつである。
しかし今回、男は言葉と裏腹にその場を動こうとはしなかった。
なぜなら、自分が今侵入を諦めた豪邸に、忍び寄る影が目に入ったからだ。
「あ!あいつ…同業者だ。間違いない。」
以前、どこかで会ったことがあるのか、ベテランの泥棒は、豪邸に近づく影が自分と同業の者だということをすぐに見抜く。
「……今後の参考に、もう少し見ておくか。」
ベテランの泥棒は、この犯行は失敗に終わると確信しているのだが、あえて静観することにした。
今豪邸に侵入しようとしている泥棒は、自分より格下の泥棒であり、きっとミスをしてセキュリティシステムを作動させてしまうはずだ。
その反応を見れば、この豪邸に侵入するヒントが何か得られるかもしれない。
「まさか!あんな堂々と!」
屋敷に侵入しようとしている泥棒は、ベテランの泥棒に見られていることも知らず、堂々と正面突破を試みる。
「入った!どうやったんだ今?」
警報器が作動すると踏んで、ベテランの泥棒はそちらばかりを気にしていたのだが、少し目を離した隙に、同業者はまんまと豪邸に侵入してしまったようだ。
豪邸の様子に変化はなく、ベテランの泥棒は首を傾げている。
3分経ち、5分経ち、すでに同業者が豪邸に入ってから10分が経過していた。
これ以上、ここにいるのも危険だと感じたベテランの泥棒が、逃げる準備を始めた時、視界に同業者の姿を捉えた。
同業者は、大きなカバンを抱えて走り去っていくのだが、豪邸の様子に変化はない。
「もしや、セキュリティが作動していないのか?」
明らかに格下の同業者が、すんなりと侵入できたことを不審に思ったベテランの泥棒は、豪邸の方に原因があるのではと考えた。
もしそうだとすれば、今なら自分も侵入することができるかもしれない。
走り去った同業者のカバンの大きさと、滞在時間を考えれば、今から行ってもまだまだ十分によい仕事になりそうだ。
「よ、よし。そういうことなら行くしかないな。」
勝手な結論を出し、ベテランの泥棒は、豪邸へと急ぐ。
同業者がしたように正面突破を狙い、慎重に玄関へと近づいた。
その瞬間、耳をつんざくような警報音が閑静な住宅地に鳴り響く。
「な!どういうことだ!」
ベテランの泥棒が混乱していると、すぐにセキュリティ会社の社員が数名現れた。
なんとか逃げ出そうとあの手この手を使ってみたものの、ベテランの泥棒は最終的に御用となってしまったようだ。
取調室にて、ベテランの泥棒は訴える。
「自分の前にもうひとり泥棒がいた。そいつも一緒に捕まえるべきだ。」と。
しかし、後の警察の調査で、ベテランの泥棒が盗んだもの以外に被害はなかったということが判明した。
それどころか、嘘をついたということで、ベテランの泥棒の罪はより重たいものになってしまったようだ。
なぜ同業者は易々と侵入することができ、何も盗まずに去っていったのでしょうか?