大雨の中、一人の男が傘をさして歩いている。
今日は明け方からずっと大雨が続いており、地面に水がたくさん溜まっていた。
車道を走る車に水をかけられないように注意しながら、男は歩道の端っこを早足で歩く。
ヘッドライトが雨を反射する。それを見て男はため息をついた。
どうやら男の心はキラキラと輝く前方の景色と違い、どんよりとした空と同じ模様のようだ。
今日は、友人と彼女と三人で鍋パーティー。
場所は彼女宅で、本来ならばとても楽しみにしていたイベントだ。
しかし、事情は変わった。
最近彼女の態度がおかしくなり、大学内で友人と一緒にいる姿を度々目撃していたからだ。
今日は、何かが起こるかもしれない。男は鬱陶しい雨の中、そんなことを考えながら歩を進める。
男は彼女の家の近くにあった酒屋に入り、ビールと梅酒、おつまみなどを購入する。
途中、何か欲しいものがあるかもと、彼女と友人に電話をしたが、何故か二人ともつながらなかった。
約束の時間までは、1時間ほどある。きっとまだ家の中で準備をしているのだろう。
そうこうしているうちに彼女の家に着いた。
約束の時間より、50分ほど早い。
彼女が準備中だと申し訳ないが、雨の中時間を潰すのも辛いので、合鍵を使い家の中に入ることにした。
玄関のドアを開けると、彼女が慌てて出てきた。
「早かったんだね!」
見た限りでは準備は整っているようだ。
「うん、ちょっと早めにきたんだ」
男がそう言うと、彼女の目が男が持っていた黒い傘に移動した。
「あ、ごめん、傘は外ね。うち傘立てないから」
玄関に踏み込もうとしていた足を引っ込め、廊下を見てみると、彼女の赤い傘が窓枠のところにひっかけられていた。
傘は濡れていないため、今日は外出していないのだろう。
男は赤い傘の横に自分の傘をかけ、玄関に入り、ドアを閉めた。
改めて玄関に入ると見慣れない靴があった。
新品で真っ白なスニーカー。このサイズはきっと女性のものではない。
すると、部屋の奥から声が聞こえてきた。
「おう、もう来たのか!俺もちょうど今来たんだよ。」
どうやら友人がすでに到着していたようだ。
「何で電話に出なかったんだよ」
「ごめん、気付かなかった」
「いつ来たの?」
「ん?5分前くらいについたとこ」
男と友人は、真顔で会話を交わす。
白々しいやつ。男はそう思った。
5分前も今と同様、大雨だったのに濡れた様子まるでない。
髪の毛はいつも以上に時間をかけてセットした様子がわかるほど、ツンツンしているし、服もまったく濡れていない。
そしてこの雨の中、あの真っ白な靴が汚れないなんてこと有り得ない。
今日は1日中雨だった。
きっと昨日から来ているのだろう。
どうやら、心配していた通り、友人と彼女は浮気をしているようだ。
ここで問い詰めてやろうかと男は考えた。
しかし、証拠がこれだけでは、言い逃れされてしまうかもしれない。
もう一つくらい証拠を見つけて、言い逃れができない状況にしなければ、口の上手い友人にのらりくらりとかわされて、こちらの立場が悪くなるだけなのだ。
「さぁ、鍋パはじめるよー!頑張って作ったからいっぱい食べてね!」
男が頭の中でああでもない、こうでもないと考えていると、彼女が強制的に鍋パーティーを始めてしまった。
どうやら、しばらく様子を見るしかなさそうだ。
時刻は2時を回り、友人は酔いつぶれてテーブルの横で寝てしまった。
やがて彼女も「もう限界」といって、寝室へ移動する。
男は友人を見張る意味も含めて、友人の近くにあるソファで寝ることにした。
しかし、眠れない。
もしかしたら、友人が何か行動を起こすかもしれないし、目の前でそれだけは避けたい。
男がそんなことを考えながら、神経を尖らせていると、いつのまにか鳥のさえずりが聞こえる時間になっていた。
全員が起き、友人はバイトのため、家を出る準備をしている。
男には予定はなかったが、彼女の家に残る気にもなれず、友人と一緒に帰ることにした。
眠そうな彼女にさよならをし、友人と共に家をでる。
最寄り駅に到着するまでの間、二人はあまり会話を交わさない。
男は友人を不審に思っているし、友人の方もそのことはとっくに気がついている。
二人の間にどうしようもなく気まずい沈黙が続き、やがて最寄り駅の改札前に到着した。
男は、道中ずっと何か違和感のようなものを感じていた。
その正体がわからないまま、足だけを進めてきたのだが、改札を通る直前、ついにその違和感の正体に気が付いた。
「わるい、俺忘れ物したわ」
男は友人を呼び止め、声をかける。
「え?マジ?俺バイトだから、先いくよ?」
「あぁ、そうしてくれ。お前は忘れものしていないか?」
男は友人の素っ気ない態度にも表情を変えず、続けて質問をした。
「してないしてない、俺は手ぶらだから。ほら財布とスマホだけ」
友人はポケットから財布とスマホを取り出し、男にそれを見せる。
「そっか。じゃ、バイト頑張れよ。また連絡するわ。」
男は友人にそう告げると、今歩いてきた道をまた戻っていった。
彼女の家につき、玄関を開けることもなく忘れ物を回収する。
しかし、男はあえて合鍵を使って玄関のドアを開けた。
驚いた彼女が、リビングから走ってくる。
デジャブのような感覚になりながらも、男は開口一番こう告げた。
「別れよう」
「え、なに?なんで?」
「あいつ、昨日から来てただろ」
「彼がそう言ったの?」
「いや、言ってない。」
「じゃあなんで決めつけるの?どうしてそう思ったの?」
「だって、あいつ昨日俺が来た時先にいたし、大雨だったのに服や髪が少しも濡れてなかった。靴も汚れてなかったし、それに……。」
「それに?」
「それにあいつ、――。」
男が突きつけたいくつかの状況証拠に、彼女は苦い顔をする。
そして、ついに友人との浮気を認め、謝罪してきた。
「ごめんなさい、寂しかったの。」
「そんなセリフ、リアルで聞くことになるとは思わなかったわ。悪いけどもう無理だから。」
彼女、いや元彼女は、そのまま玄関で泣き崩れ、それに呼応したかのように、パラパラと雨が降り出した。
男は合鍵を置き、彼女の家を出て、取りに戻ったはずの傘もささずに駅へと歩き出した。
男が見つけた、もうひとつの証拠とはなんでしょう
大雨の中来たのであれば、傘を持っているはず。
彼女の傘も濡れておらず、迎えに行ったわけではないので、一日中大雨だった今日ではなく、前日から来ていた可能性が高い。